Shared Office & House EVER
京都市左京区
Shared Office & House EVERは、京都大学や京都芸術大学など多くの大学が点在する京都市左京区北白川にある起業家向けシェアハウスです。1階にはゆったりとした広さのLDKと個室6室、2階にはフリーアドレススペースと個室6室が配置された開放感あふれる空間で、起業を目指す学生を中心としたスモールエコシステムの構築を進めています。今回のインタビューでは、Shared Office & House EVERの設立経緯や魅力について、運営会社のひとつであるEVER株式会社代表取締役の土屋様にお話を伺いました。
―Shared Office & House EVERの設立経緯について教えてください。
起業するということは、大きな挑戦であると同時にマイノリティな道を歩んでいくことでもあり、起業家にとっては孤独との闘いが一番大きな課題です。学生が起業に挑戦するのが非常に厳しい理由のひとつは、普通の生活をしている人が周囲に多いこと。自分がこんなに苦労しながら事業を立ち上げているのに対して、周りにいるみんなは遊んでいても就職できてしまうというギャップを感じて、「自分は間違えた道を進んでしまっているのではないか」と悩んでしまうんですね。そして、日本にある既存の価値観を変えるようなサービスが提供できるかもしれない力を持っているにもかかわらず、リタイアしてしまうケースを大学生時代に数多く見てきました。
そんな経験から、挑戦する学生たちの孤独を解消できるような環境として、目指しているものは違えど挑戦するという同じマインドを持つ人たちが集まった小さなエコシステムを作ることが大事なのではないかと思ったのが、シェアハウス設立のきっかけです。当初アトリエ兼シェアハウスとして運営されていた建物を買い取って、2022年9月に起業家向けのシェアハウスを立ち上げました。
シェアハウスというアイデアは、アメリカ留学で得た知見です。学校だけではなく日常生活でもずっと交流が続いて、常に近い距離で接しているからこそ起業の苦しさが共有できる環境でした。僕自身相互に支え合い、重荷を分け合うという関係があったからこそ挑戦しようというマインドが持てましたし、育てた事業をカナダの投資家たちに売却することもできて、大きく成長した実感があります。シェアハウスから受けた影響は多大でしたから、今度はそういった環境を学生たちに提供したいと考えました。
―Shared Office & House EVERの特徴はどういったところでしょうか。
日本語学校との提携によって、今春から毎月留学生が1ヶ月単位で入居してくることになったので、自然と語学交流ができるのが大きな特徴です。大学生というある程度時間の余裕がある段階で海外の人と交流を持つと、新しいものの見え方を習得できます。たとえばソフトウェア関連などの業界では英語が話せないと非常に大変な思いをするので、ランゲージエクスチェンジを日常生活の中で体験できる環境に身を置くことができるのも大きなメリットです。主にヨーロッパとアメリカの学生が来るため、日本人学生にとっては欧米のビジネストレンドの情報を得て新たなビジネスチャンスをつかむこともできるでしょう。留学生も、日本語学習や日本での就職にとどまらず、日本で事業を立ち上げる機会を手にしやすくなります。相互にいい影響を与え合うことで、ここで築いた関係をきっかけに海外への挑戦という選択肢が増えるかもしれません。
料金設定は、学生が起業する上で金銭面の問題を解消できるよう考慮しました。一人暮らしに必要な手続きをあれこれと考えていると、起業に向けた活動のクオリティに影響してしまうので、金銭的に悩むことなく起業活動に集中してもらいたいと考えています。
法人登記が可能であること、入居するとコンサルティングサービスが付随していることも大きな特徴ですね。私自身が一投資家ですから投資の話もしますし、今後は士業の方や金融機関の担当者の方々と融資など資金調達の面での支援もしていく予定です。さまざまな企業とのつながりがあるので、ビジネスマッチングや僕自身が開発した信用情報サービスの提供といったサービスも視野に入れています。
―Shared Office & House EVERを利用されている方はどのような方がいらっしゃるでしょうか。
社会人が1名で、その他は近辺にある大学の学生ですね。ほとんどの入居者さんは25歳未満で目指す業種や専攻学科もさまざまです。京都で食品関連事業を始めたいと、来年3月までの休学期間を利用して岡山から入居してくる予定の学生もいます。
京都府外の人たちにとっては、入居することで京都のネットワーキングやエコシステムに加わる機会を手にできるので、大学を卒業した後コネクションを利用して京都で起業してみようという選択肢が増やせます。起業という同じ志の人が、京都に限らずさまざまな場所から集まってくることで、新しい文化が構築されてくるのではないかと思いますね。
―Shared Office & House EVERの今後の展望について教えてください。
現在、立命館大学の研究チームとの活動において軸となっているのが「京都は経済性、文化性、社会性の3つの要素で成り立ち循環している」という考えです。経済性がよくなることでゆとりが生まれ文化的なものに力を入れられる余力が生まれる、文化が発展することで新しいものの見え方が定着するとともに倫理などの社会性を追求するようになる、社会性が豊かになることで必要な課題に焦点を合わせて動くため経済性が上がる。この循環がうまくできている京都にあるEVERは、この3つの要素を日常生活で体現できる場でありたいと考えています。
そのためには起業態度の構築、つまり起業というものを知って起業活動への意欲を高めることが重要です。自分以外の挑戦者と同じ屋根の下で過ごすことで互いに刺激を与え合い、協力し合って成長していく経験によって、共同創業者や創業パートナーを見つけたり挑戦するが故の孤独や不安を解消したりできる。3つの要素を体現してもらうと同時に、いわば人間関係におけるスタートアップの機会を創出し、ある程度数字を出せるようになるまで中長期的に支援していく場にしたいです。
売上をどうやって上げるのかという仮説と検証に取り組む機会として、入居者全員による物販や共同で事業計画を練って取り組むなどを計画しています。みんなで一緒に何かをつくり、販売し、誰かのニーズに応える経験が自分のビジネスや他の人との共同ビジネスの起爆剤になれば、北白川エリアを盛り上げていくことにもつながると思っています。
京都大学の熊野寮や吉田寮、地塩寮と同じように、シェアハウスもそこに住む人が持つ魅力を凝縮した存在になるのが理想です。みんなと一緒に歩みながらさまざまな取り組みを続け、挑戦する人すべてに開放されたカオスな場所をめざしたいですね。
―Shared Office & House EVERが立地する北白川の魅力について教えてください。
北白川エリアは、琵琶湖疎水や銀閣寺、哲学の道など見どころのあるスポットが多い場所です。とても静かで緑も多いので環境には恵まれていますね。京都芸術大学が徒歩1分の距離にあるなど複数の大学が近いこともあり、学業と起業活動の両立はしやすいと思います。
~入居者の声・同志社大学商学部3年生 松崎圭祐さん~
油絵作品を中心とするアーティスト活動とあわせて、アートを主軸とした事業展開に向けて活動しています。事業プランを練り上げていく中で土屋さんに出会い、事業の相談をしたことがきっかけでシェアハウスEVER京都北白川を紹介していただきました。
法人登記をめざしていますが、コンサルティングサービスを通して事業計画や資金調達などさまざまな相談に乗ってもらえるのが心強いです。土屋さんは豊富な知識や経験をお持ちで、僕の事業計画の流れを知ってもらっているので相談しやすいですね。補助金などの情報を調べるだけならネットでもできますが、すぐ近くに信頼できる人がいるという安心感はとても大きいです。
入居してまだ日が浅いのですが、住み心地は抜群ですね。ウッドデッキがあって作業しやすいですし、建物の前の道路を歩く方に必然的に作品を見てもらえるオープンな雰囲気も気に入っています。いろんな人を巻き込んで、一人でも多くアートに触れてほしいですから、適度に開かれた環境に身を置けるのはとてもありがたいです。
計画している事業は「日常にもっとアートを」というモットーで、アートに興味がない、アートが若干苦手な人向けの商品開発を主軸にしています。もともと美術には興味がなく学校での美術の成績もよくなかったのですが、アートという抽象的なカテゴリーでは作品が評価されて成績も上がったという経験をしたんですね。大学に入ってから起業への意欲が強くなり、何か事業を立ち上げたくて、自分の好きなものって何だろうと考えた時にこの経験を思い出し、アートの世界を新しいアプローチで活性化させることによって現代社会の課題を解消していけるのではないかと思い立ちました。
今のアート系事業のほとんどはアーティスト支援事業で、つくる側の支援に偏っています。学校での美術教育が数値的な評価中心になっているために、美術が苦手に感じる人が増えたり、美術大学や芸術大学に入学したアーティストが活動をやめてしまったりという問題も大きく、単なる慈善事業になりかねません。アートをつくりだす側を支えると同時に、見る側を育てて経済的にも活性化させるには、アーティストと企業や個人とをつなぐ仲介役が不可欠です。
これまでにアート関連の商品開発や、オペラとアートを掛け合わせたイベント企画を担当してきました。今後は古着やビジネス、起業などと掛け合わせながらアートの面白さや深みを伝えたいと思っています。さらに、先行きが不透明な現代においてはアート的、自己表現的な事業展開が必要ですから、アート思考を軸にした事業サポートやアプリケーション開発、店舗運営、中学・高校の美術教育や起業家教育のサポートなども計画中です。アートが根付いている京都という土地の雰囲気を最大限に生かしながら、アートの真の価値を伝え経済的な循環も得られる事業展開に挑戦し、「三方良し」をめざしていきたいです。